平凡な日々の生活

「世の中狭いねえ」「月日のたつのは早いねえ」「○○ちゃんとこの子ども、もうそんなに大きくなったの」「このごろモノ忘れがひどくてねえ」「そうそう固有名詞がてんで出てこない」そんなとりとめのない会話を交わすことで、人は互いに自分の存在を確かめあいながら、平凡な日々の生活があることに感謝したり、明日も頑張ろうって思えるのかもしれません。平凡な日々の生活は、それを失ってはじめてその貴重さに気がつくのでしょうね。平凡な日々は平凡であるからこそ気がつかない。何かの理由で平凡さが失われたときに、ああ、あの平凡な日々こそが幸せだったのだと気がつきます。どこの誰もが、いつかはどういうかたちであれ家族と別れなければならない。それは命あるものの宿命であるし、だからこそ人は生きているうちに命をつなぎ、子どもの幸せを願いながら人生を全うしようとするのでしょう。
さて、そんな当たり前のように思える日々の生活ですが、はたしてそれが当たり前なのでしょうか。もしかしたら、今の社会のシステムが、そんなものの考え方が当たり前だと思い込ませているのかもしれません。生きているものたちすべてが平等で命あることを喜び、個人の考えや自由を尊重し平和を謳歌する社会。なんとなくそれが理想的な社会であると、人はそうした自由で平等で平和な世界に生きることが幸せなんだと、なんとなく思い込んでいる。そして世界全体がそうした社会の実現を目指していると思い込んでいる。
先日、めずらしく早めに家に帰ると、中学三年の息子が宿題をしていました。日本国憲法前文をまるまるノートに書き写すという宿題のようでした。息子は社会科の先生から言われたとおりにノートに書き写します。学校の宿題ですから当然です。私はその姿を見たときにちょっとだけ「?」が脳裏をかすめました。それは今の中学生に60年以上前に書かれた文語体の長い文章を書き写させることの意味がどれほどのものかという疑問はさておいて。ご存知のように日本国憲法前文は、戦争に負けた日本が今後どのような国をめざしていくのかという大きな指針を打ち出したものです。読めば、非の打ちどころのなさそうな、それはそれは立派な文言です。日本国憲法の成り立ち方の是非についてはいろいろとあるでしょうが、ともかく戦後の日本は平和と自由と平等をゆるがないものとして発展していこうというシナリオのなかで今日があるわけです。ただ、そのことが正しいのかどうかは誰にもわかりません。それよりも私たちはそうしたなんとなく正しいと思っている民主主義の根幹たる指針を携えているにもかかわらず、この国は平和も自由も平等もないところなんだということを、今回の原発事故によって思い知らされたわけです。為政者や企業のトップは人間が原子力をあつかうことのリスクを知りながら、そしてそのリスクをひた隠しにしながら、あたかも原子力が日本の未来を明るくするかのように思い込ませてきました。そして現実には平凡な生活を旨とする大多数の国民の生活が生命が未来が犠牲になりました。原子力エネルギーの開発とその周辺のさまざまなことによって、莫大な利権がつくりあげられました。それは一方で、本来の意味での安全な代替エネルギーの研究開発が遅れるどころか、それを行わせないような国策によって、より利権を独占できる原子力産業の拡大を目指してきたのです。もちろんそれは日本の為政者や企業のトップだけの都合ではありません。おかげで、世界的に優れているはずの日本の技術力は、代替エネルギーの実用化に何十年も遅れをとることとなりました。日本の電力の30%は原子力に頼っている。たしかにそれは間違いではない。ただ原子力に頼らなくてもよかったものを、とりかえしのつかないリスクにふたをした上で原子力がなければ日本人の生活ができないところまできているかのように多くの国民にあきらめさせていたことが、今回の多大な犠牲の上にはじめてあきらかになりました。このことを私たちが知るにはもう遅すぎたのかもしれません。すでに何万という人がふるさとに帰ることなく死んでいくのはあきらかです。そこに自由も平等も平和もありません。平凡な生活の中に積み重ねられた幸せを取り戻すことができないままに死んでいくことの無念さを、国も企業も救うことはできません。つまり私たちは日本国憲法前文に掲げられた理想の国にはいないのです。まずは、そのことをきちんと把握した上で生きていかなければなりませんし、これから子どもたちへ私たちがどういう国をつくってきたのかを伝えなければならないと思います。そしてこれから私たちはどういう国をつくっていこうとするのかが問われなければならないのだと思います。