長崎の平和宣言について思う

はじめてこのブログに来られた方は、ここがカフェのブログとは思いますまい(笑)。講演会やら展覧会やら、そしていきなりの平和宣言やらで、カフェのカの字もないカフェのブログ。はい、ここはまぎれもないカフェ豆ちゃんのブログでございます。
さて、そろそろこのブログもカフェらしくしなくちゃなと思いつつ、でもこのままでもお客様が減ったり増えたりするわけでもなさそうなので、このまま突っ走るという手もないではないなとも思います。が、やはりそれではいよいよカフェ豆ちゃんって何なのかがわからなくなり、もしかしたら店主の私でさえわからなくなるという危惧さえありますので(笑)、ぼちぼちカフェの情報も紹介していきたいと思います。
それにしても今回の田口ランディ講演会、トークイベント、水辺の森の音楽祭、そして田上市長の平和宣言まで、個人的には見事なつながりを感じています。ここで詳しくは書けませんが、まだこれらの出来事の熱のようなものが残っていて、「はい、次!」という気持ちになれないというのが正直なところです。8月9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典において行なわれた田上富久長崎市長による平和宣言は歴史に残るスピーチでした。長崎市民の思いをその代表である市長がきちんと言葉にして発信する。その当たり前と言えば当たり前のことができなかった世の中で、これほどきっちりとやってのけた行政の首長がいたでしょうか。既得権にしがみつく官僚や政治家を金で動かしている大企業。さらにその背後で…そんな力関係の中で戦後の社会はほんとうの豊かさを見失い、その結果福島原発事故のようなとりかえしのつかない事態にまで及ぶことになりました。それは昨今の国政の迷走ぶりと相似形をなしています。とくに今回の原発事故によって、いろんなことがわかりました。いろんなことの中でもいちばん大きなことが、民意がここまで露骨に操作されていたのかということです。ひとつはネットの急速な普及によって出回る情報と、マスコミのそれとの大きな違いです。もちろん必ずしもネットの情報が正しいとは限りませんが、私たちは情報を鵜呑みにしてはいけないということをいやというほど身にしみました。第一に国民の生命を守るべき立場にいる国の公式の情報もまったく信用できないということ。わたしたちはそんな国に暮らしていたということが、悲しいかな今回の原発事故によってあきらかになりました。経済成長による右肩上がりの社会に夢のような豊かさはありませんでした。もしタイムマシンがあるのなら、昭和三十年代に戻って、馬車馬のように働いていた人たちに教えてあげたいくらいです。でも教えてもこんなふうに言うでしょう。「もう貧しさはまっぴらなんだ。だから働いて働いていい暮らしをすることのどこが悪いんだ」。当時、金の卵と呼ばれた地方労働者をはじめ、当時の日本の労働者はやがて団塊の世代と呼ばれるようになります。ある者は学生運動で社会批判に明け暮れながらも卒業後は翻って企業戦士となり、ある者は中流意識を持たされたまま文句も言わずに定年退職まで働きながらも、老後に至っては人生の目標を見失う。こんな社会をつくっておきながら、若い世代に夢を託せと言えるはずがありません。でも団塊の世代の方たちも、豊かさを、幸せを夢見ながら一生懸命働いてきた方たちです。ただ、巧妙に情報操作されてきた。テレビで言ってた。新聞に書いてた。みんながそう言っている。そうやって1億総◯◯という合い言葉のもと、自然を根こそぎ破壊しながら便利な世の中をつくってきたのです。3.11とは、日本が戦後に歩んできた間違った道に気づく瞬間だったような気がします。また今となってはそうであってほしいと思います。日本の近代から現代史上でも、大政奉還第二次世界大戦終結に並ぶ、大きな歴史の転換期になるでしょう。原発事故によってさまざまな矛盾や搾取や飽食の構図があからさまになった。しかしそれにはあまりにも大きな犠牲を強いてしまった。たとえ日本中の原発や増殖炉を全部廃炉にしたとしても、今の私たちが生きている間に安心して暮らせる国にはなりません。それはもう決定事項です。どんなに努力したとしても、原発があったということのリスクはいろいろなかたちで襲いかかってくるでしょう。それは私たちがつくってきた社会です。誰を責めたところで解決できるものではありません。こうした事態の中で私たちはどうやって生きていけばいいのかを模索するしか方法はありません。個々の責任の所在は明らかにする必要はあると思いますが、だからといって誰かが責任の取れるような生半可なものではありません。最終的にはこうした世の中の構造を許してきた私たちの責任というしかないと思います。ただ何の責任もないはずの子どもたちや、これから生まれてくる生命へも確実にその被害が続いていきます。残念ながら以前のように「気楽にいこうよ」なんて少なくともこれから数十年は言えない世の中です。田上市長は先の平和宣言の中で「私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時」と述べています。それにはこれまで私たちはどんな社会をつくってきたのかということの共通認識が必要ではないでしょうか。根底からの議論とはそこから始まるような気がします。そして選択しなければなりません。私たちはつい先日までの轍を踏まないように、確かな歴史を把握し、現状を認識し、正しい未来へのビジョンを選択しなければなりません。原発をなくして今の便利な生活を手放せるのかという、一見リアリストのようなことをいう人もいます。ではこれだけの膨大なリスクを後世までひきうけることと、多少の不便さを乗り越えながら未来に向けて安全な社会をつくっていくことのどちらがリアリストでしょう。なければないでどうにかしてきたのが人間です。もちろん街自体が原発に依存していたところがたいへんな経済的打撃を受けることは避けられないでしょう。ただ廃炉のための雇用が発生したり、そこにまた利権が生まれて、同じようなことが繰り返されるかもしれません。でももういい加減豊かさの幻想は捨て去る時代です。すでにそうした努力は始まっています。もう脱原発の方向性は定まっています。問題は、それを単にエネルギー問題の解決策として進めるのではなく、まさしく「私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時」であると社会全体で認識できるかどうかだと思います。そのことを長崎から発信できたことを誇りに思います。