シンプルイズベストって

またまた長い書き込みにおつきあい下さい(笑)。
「シンプルイズベスト」という、今となっては口に出すのも恥ずかしくなるような言葉があります。ただのズンダレ兄ちゃんをマスコミが面白がって(視聴者が飛びつくネタにしやすくて)やたら煽って、彼をあたかも非国民のごとく袋だたきにした例の国母騒動で久々に出て来た「TPO」という言葉ぐらい、聞いていて恥ずかしくなります。その恥ずかしさと言ったら、ポロシャツの襟を立てて、腰に派手な色のカーディガンを巻いて、サングラスを頭の上までずり上げて、やたらと言葉を略して話す昭和のテレビディレクターぐらい恥ずかしい(笑)。こう言うとシンプルのどこがベストなんだ…と批判しているようですが、べつにシンプルであることが悪いことだと言っているのではありません。なんでもかんでもシンプルイズベストをあてはめて目の前のものごとをちゃんと考えない安直な姿勢はおかしいんじゃないかということです。だから「シンプルなことがいいこともある」とは思います。でも世の中そんなにシンプルをあてはめて済まされるのかってことですね。
1960年代にミニマルアートというのが流行りました。美術の世界の話ですが、戦後の美術界というのは世界経済の流れがそうであったように国内でさほど戦争の打撃を受けなかったアメリカが力をグングンつけていって、美術作品もアメリカの作家の作風が日本に多く紹介され、日本でもアメリカ人のような作品をつくる作家が多く生まれました。と同時に、芸術は「何でもアリ」みたいな風潮も入って来て、一般の人たちにはもう何がなんだかわからないような時代が1950年から60年代にあったんですね。たとえば美術館に自分の住んでる家の家財道具をそっくり持ち込んで、そこに素っ裸で酒をカッパカッパ飲みながら(ときには失神するほど)一週間ぐらい寝泊まりするのを見せて「これが芸術だ」なんて、それでもなかば真面目にやっていたんです。信じられないでしょうけど(笑)。いや本人は至極真面目にやってるんですよ。でもそんな「何でもアリ」が長く続くわけはなくて、そうした反動かどうかはわかりませんが、その後に出て来たのがミニマルアートって言われる一連のおっそろしくシンプルな表現方法をとった作品たちでした。「単なる四角い箱が並んでるだけ」とか「赤い絵の具を一面に塗っただけのキャンバス」とかね。戦後の日本人は常にアメリカに追いつけ追い越せって感じでしたから、まずはアメリカが目標だったんですね。アメリカ人のライフスタイルに憧れて、消費者はやたらとモノを買わされた時代です。消費こそが幸せへの王道といわんばかりに、三種の神器とかなんとか言ってテレビに洗濯機に冷蔵庫を買って、「奥様は魔女」や「シャボン玉ホリデー」を見て、トヨタカローラに乗って、大阪の万博を家族で見に行ったわけです。そのころのお父さんたちはよく働いた。いわゆる企業戦士エコノミック・アニマルですね。…ちょっと話がそれましたが、そのミニマル・アートってなかなか哲学的なんで、一般の人には受け入れがたいものがあったんですが、このとってもシンプルな雰囲気だけをそのあとの時代のデザイナーがちゃっかりパクっちゃって、大衆に受け入れられるデザインにとりいれたんですね。いつの世もデザイナーっていうのはパクリの天才です。いやいい意味でですよ(笑)。一般の人に受け入れられるかなんて考えもしない美術家の作品なんかよりも、感覚的にそろそろこんな感じを出したら流行るんじゃないかというのをきちんと出すのがデザイナーのちゃっかり…いや凄いところなんですね。だから60年代に流行ったミニマルアートの雰囲気は80年代のファッションや店舗にそのまま取り入れられて流行りました。ファッションや建築って、ごくわずかな本当の最先端は別にして、一般大衆が受け入れることのできる範囲の中でという計算で成り立つんです。だからいかにも最先端といったふうでも美術の世界ではもう20年のギャップがあったわけです。流行って自然発生的ではなくて計算されて与えられるものなんですね。消費者はあくまでそれがいいものだと思い込まされて買わされる。極端なことをいえば「洗脳」みたいなものです。近年、消費者は賢くなったと言われたりもしますが、じゃあこのエコブームに乗せられて、逆にいらないものまで買わされているのは誰でしょう。高速道路が無料になるからって、行かなくてもいい旅行に車で行ったり、エコカー減税で安いからって、まだ乗れる車を捨てて新車に乗り換えたり、エコポイントがあるからって、まだ見れるテレビを買い替えたりする人は、その廃車や廃テレビがどれだけ産業廃棄物の山をつくって環境を汚染しているのか考えたりしてるんでしょうか。…また話がそれましたね(笑)。そのミニマル・アートの雰囲気が一般大衆の世の中に出た頃に「シンプルイズベスト」ってみんな口々に言うようになったみたいです。もちろんシンプルな美しさを追求する高度な美意識はもともと大昔から日本にあったものだし、ヨーロッパではたかだか20世紀のはじめぐらいですよ。それを戦後の日本はあたかもそれが西洋からやってきた最先端のかっこいいデザインだと思わされて、消費させられたんですね。当時としてはそれが流行だったし、そういう表現っていうのも無理からぬものなんでしょうけど、あれから何十年もたった今でも同じように「シンプルイズベスト」っていうのをモノゴトの普遍的な判断基準であるかのように口走っているのを聞くと、なんといいますか…ね(笑)。誤解のないようもういちど言います。シンプルイズベストのときもあるし、シンプルは確かに美しい。だからシンプルがベストかどうかって話ではなくて、シンプルイズベストと決めつけてしまう頭の固さは決してシンプルではなく単純なだけじゃないかということですね。うまいことまとめたな(笑)。でもここまで読んでくれる人いるのかな?